国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)

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愼英弘の部屋VOL.5 「点字の市民権確立の状況」

 「点字の市民権確立の状況」

 昨今では、人以外たとえば猫などの動物等に、「名誉市民」等を与えたり、「名誉駅長」をさせたりするニュースをときどき見受けることがある。なんとも「平和ムード」そのものである。ここで取り上げる「点字の市民権」とは、点字そのものに何らかの市民的権利を与えるというものではない。「点字」は視覚障害者とりわけ全盲の者が独力で自由に読み書きができる文字のことである。その「点字」に何らかの「権利」を与えて、何かをもくろむというものではない。
 「点字の市民権」という用語は、私が作り出したものではない。誰が最初に言い出したのかは定かではないが、今から30数年前に「点字の市民権確立」を求める運動が大阪の視覚障害者のなかから始まった。その最初の頃に講演を依頼された私は、「点字の市民権」なるものを体系化して話をしたことがある。そして、2010(平成22)年に『点字の市民権』と題する書物を出版したので、「点字の市民権」なる言葉が、私の専売特許のように思っている人がいるかも知れないが、決してそうではないのである。

1. 点字の市民権とは何か

 「点字の市民権」には二つの側面がある。一つは、点字普及の側面であり、他の一つは、点字を通しての権利確立の側面である。
 「点字普及の側面」とは、点字を社会に普及させることによって、社会の人々に点字の存在や、点字を文字として使用している視覚障害者の存在を認識させる側面である。
 「点字を通しての権利確立の側面」とは、点字を通して視覚障害者の権利の回復や拡大を実現させる側面である。
 これら両者の側面を併せて「点字の市民権」と呼んでいる。前述したように、点字そのものに何らかの権利を与えるという意味ではない。この二つの側面は、それぞれ独立して機能しているが、互いに補完しあってそれぞれの側面の機能をさらに向上させるとともに充実させていく。
 「点字の市民権確立」といったときには、特に前述した「点字を通しての権利確立の側面」、すなわち点字を通して視覚障害者の権利の回復や拡大を実現させることをさしている。また、それを実現させる運動が「点字の市民権確立運動」である。
 ここでは、「点字の市民権」のうち「点字を通しての権利確立の側面」に力点をおいて述べることにする。

2. 点字普及の側面

 「点字普及の側面」は、改めていうまでもないことだが、視覚障害者の何らかの権利を回復しようとか拡大しようというものではない。点字そのものの存在を視覚障害者をはじめとして社会の人々に知らしめるところが中心になる側面である。たとえば次のようなことである。
 学校等で、児童や生徒、学生に対して点字についての教育をしたり、点字を使っている視覚障害者についての理解を促進させたりすること。
 券売機の料金欄等に点字をつけたりして、視覚障害者に便宜を図るとともに、点字を使用している視覚障害者の存在を知らしめていること。
 点訳者の養成をしたりすることによって、点字の書物を製作するための人材を育成すること。
 点字の普及は、単に点字を広めるだけにとどまるのではなく、点字を通して視覚障害者たちに共通認識をもたせてきたという事実がある。
 1922(大正11)年に現在の『点字毎日』が創刊され、それから1世紀にわたってこの週刊点字新聞が発行され続けることによって、社会の状況を点字を通して視覚障害者自身が把握することができるようになった。
 このように、視覚障害者が誰の手も借りずに独力で読むことができる点字新聞を通して、社会のさまざまな状況についての共通認識を視覚障害者たちがもつことによって、権利侵害の状況を認識するとともに、権利回復や拡大のための知識構築が促進されてきたのである。

3. 点字を通しての権利確立の側面

 視覚障害者の権利の「回復」と「拡大」は意味を異にする。
 「権利の回復」とは、視覚障害者に与えられていた権利が、その後に剥奪され、さらにその後に再び権利が与えられるようになった場合を意味する。
 たとえば、明治時代の衆議院議員の選挙では、文字を自書できない視覚障害者には代筆投票が認められていた。その後に法改正がなされ、この代筆制度が廃止され、その結果、自書できない視覚障害者は投票することができなくなった。そしてその後、1925(大正14)年の衆議院議員選挙法の改正により、点字投票が認められることによって、視覚障害者は再び投票することができるようになった。こうして、視覚障害者の投票権すなわち選挙権が確立された。この状況は、権利の「拡大」ではなく「回復」なのである。
 「権利の拡大」とは、視覚障害者には与えられていなかった権利が与えられるようになることを意味する。具体例は後述する。
 この権利の「回復」と「拡大」を併せて「権利の確立」と呼んでいる。

 点字はフランスの16歳の全盲の少年ルイ・ブライユによって考案された。考案年には諸説ある(注1)が、1825年がもっとも一般的である。
 明治時代になって、ルイ・ブライユの考案した点字の体系が日本にもたらされ、日本語を書き表すための点字の研究が東京盲唖学校の教師や生徒によってなされた。その結果、1890(明治23)年11月1日に日本点字が翻案された。
 日本点字が翻案されて130有余年である。したがって、点字の市民権確立の歴史はおよそ130年にもなり、その内容は膨大である。ここではごくわずかの事例ではあるが列挙して、点字の市民権確立の足跡を見ておく。

 点字を通して視覚障害者の権利の回復や拡大の状況の具体例

  1.  1925(大正14)年、衆議院議員選挙法改正(普通選挙法)により、点字による投票が認められる。→視覚障害者の投票の権利が回復される。
  2.  1949(昭和24)年、全日制大学の点字受験を日本で初めて同志社大学が認める。→視覚障害者の高等教育の保障への道が切り開かれる。
  3.  1969(昭和44)年、地方自治法の一部が改正され、リコール請求に点字署名が認められる。→視覚障害者の参政権の拡大。
  4.  1971(昭和46)年、大阪府は教員採用試験の点字受験を全国で初めて認める。→視覚障害者の教員への道が開かれる。
  5.  1973(昭和48)年、法務省は司法試験の点字受験を認める。→視覚障害者の法曹界への道が開かれる。
  6.  1978(昭和53)年、宮城県教育委員会は、公立高等学校の点字受験を全国で初めて認める。→高等学校における視覚障害児統合教育の開始。
  7.  1984(昭和59)年、郵政省から各郵政局に対し、点字のみの宛名書き郵便を受け付けるよう通達が出される。→晴眼者(目の見える人のこと)の手をかりずに視覚障害者自身で手紙等を出せるようになる。
  8.  1991(平成3)年、点字による国家公務員試験が初めて実施される。→視覚障害者の国家公務員への道が開かれる。
  9.  1992(平成4)年、点字による内容証明郵便が受け付けられる。→郵便事業において視覚障害者の権利が拡大する。
  10.  2010(平成22)年、名古屋地方裁判所が点字による訴状を全国で初めて受け付ける。→視覚障害者の本人裁判の道が開かれる。

 以上の事例は、視覚障害者への権利保障の歴史、換言すれば点字の市民権確立の歴史のほんの一端であるが、権利回復や拡大は自然に実現したものではない。その多くは視覚障害当事者等の運動によって実現されたものである。

4. 残された課題

 点字の市民権確立に関して残された課題は多い。ここでは、速やかに解決しなければならない課題として4点を挙げておく。

 (1)視覚障害児統合教育における点字教科書の完全保障をすること。

 盲学校(視覚特別支援学校)に通っている生徒には、点字の教科書という現物が保障されている。ところが、地域の学校に通っている、いわゆる統合教育を受けている生徒には、点字の教科書という現物保障はなされていない。2003(平成15)年から始まった保障のあり方は、教科書を点訳して供給したときに、それにかかった費用を保障するというものである。
 同じ公教育を受けているにもかかわらず、盲学校の生徒には点字教科書が保障されるのに対し、統合教育の生徒には教科書が点訳されて供給されたときにその経費が保障されるという異なったあり方は、行政の公平性のあり方を逸脱している以外の何者でもない。

 (2)点字の自筆証書遺言を認めること。

 自筆証書遺言書は、墨字(目の見える人が使っている文字のこと)でなければならないとする法律の規定はない。換言すれば、点字による遺言書は認めないという法律の規定はない。しかし、点字による遺言書は認められないとする見解が「非公式」ながらも広まっている。
 前述した点字によるリコール請求署名を認める地方自治法の改正がなされたのは、点字の筆跡鑑定が可能だとされたからである。それにもかかわらず、点字の遺言書が認められないのは、行政施策に一貫性を欠いているといわざるを得ない。

 (3)点字の選挙公報を選挙管理委員会の責任において作成し、発行すること。

 選挙の際に、複数の立候補者の中から誰を選ぶかを決める手がかりになるのが「選挙公報」である。晴眼者には墨字の「選挙公報」が選挙管理委員会によって配布されるが、視覚障害者には「点字の選挙公報」は配布されない。墨字と同じ内容の点字による「選挙広報」は、『点字毎日』や点字出版施設の協力作業によって点訳されているが、それはあくまでも「選挙のお知らせ」として扱われている。
 「点字の選挙公報」が選挙管理委員会の手によって作成されない根拠は、「公職選挙法」第169条第3項にある。同項では、選挙公報に掲載する文章は「原文のまま」とされている。その「原文のまま」の解釈を「同一性保持」としているのである。つまり、漢字仮名混じりの文章で作成された立候補者の文章を、仮名である点字にすることは「同一性保持」に違反すると解釈しているのである。「原文のまま」とあるのは「同一性保持」を意味するのではなく、内容を変更しないならば、漢字を仮名に変えようが、それは「原文のまま」と解釈すべきとするのが私の見解である(注2)。
 法解釈の壁を崩すのはなかなか困難な状況である。「点字の選挙公報」が選挙管理委員会の責任において作成され、発行されない限り、視覚障害者に選挙権は与えられても、それはきわめて不充分な参政権保障といわざるを得ない。

 (4)点字を公式文字として認めること。

 前述したように、日本点字が翻案されて130有余年になるが、いまだに点字は公式文字として認められていない。
 選挙のときに点字で投票することができるのは、「公職選挙法」によって選挙での投票のときだけは「点字を文字とみなす」と規定されているからである。つまり、点字は文字ではないが、選挙での投票のときだけは文字として扱うということである。
 視覚障害者の中には、点字のことが『官報』に掲載されているから、点字は公式に文字と認められているという者がいるが、そんな主張をするのは『官報』を読んだことがないからである。
 1901(明治34)年4月22日付の『官報』には確かに点字のことが掲載されている。それは、点字を公式に文字として認めた内容ではない。東京盲唖学校創立25周年記念式典の様子を報じたなかで、「日本訓盲点字」すなわち「日本点字」が作られ、学校で児童や生徒が使っていることが報じられているにすぎないのである。
 点字が公式文字と認められるならば、視覚障害者の権利状況は画期的に変わり、晴眼者のそれに限りなく近づくことは疑う余地がない。韓国では2016年に「点字法」という法律が制定されており、点字をハングルと同様に公式文字として認めている。日本でも早く「点字法」なる法律を制定する必要があることはことさらにいうまでもないだろう。

 (注1) 点字考案年の諸説については、愼英弘著『点字の市民権』生活書院、2010年、第1章を参照されたい。

 (注2) 点字の選挙公報を発行できないとする根拠の詳細については、同上、第3章を参照されたい。

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