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愼英弘の部屋VOL.4 「視覚障害者と あはき法19条」

「視覚障害者と あはき法19条」

 今回は、視覚障害者の伝統的な仕事である三療業(あはき業)に対する国の政策の一つである「あはき法19条」をめぐる問題について取り上げることにする。

1.ここで用いる用語の説明

 本題に入る前に、新聞や雑誌等で用いられたり、ここでも用いている視覚障害者に関連する用語について説明をしておく。

 「三療」とは、「あん摩マッサージ指圧」「はり」「きゅう」の三種の療法を指している略称である。この三療の仕事を「三療業」という。
 「あはき」とは、「あん摩マッサージ指圧」「はり」「きゅう」の三種の療法の頭文字を取った略称である。この「あはき」の仕事を「あはき業」という。
 「三療」と「あはき」との関係は、異なった略称ではあるが、同じものを指している。かつては「三療」という呼び方が一般的に用いられていたが、最近では用いられることが徐々に少なくなり、「あはき」という略称が使われることが多くなっている。
 「あマ指師」とは、「あん摩マッサージ指圧」の三つの手技の頭文字を取った略称に「師」をつけて、資格・免許取得者であることを示す略称である。
 「あはき法」あるいは「あはき等法」とは、「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」の略称である。ここでの「マツサージ」と「きゆう」の書き方は法律で使われている表記である。法律の内容を表すときには、この表記に従う。

 「盲人」とは、全盲の者およびそれに近い状態の者を指している。この用語は昭和の中頃までは広く使われていた。決して差別語でもなければ、不適切な用語でもないが、最近では用いられることが少なくなってきている。
 「視覚障害者」とは、盲人や弱視者、視野狭窄者、色覚障害がある者等を含んだ用語である。目に障害のある者を網羅したような呼び方である。したがって、単に「視覚障害者」と言っただけでは目に障害がある人というだけのことであって、全盲なのか弱視者なのか、それら以外の者なのかを全く判別できない曖昧な呼び方である。一般的に目が「見えない・見えにくい」人を指して用いられることが多い。法律用語としての「視覚障害者」の内容は、「身体障害者福祉法」によって、視力や視野の程度で障害等級が分類されている。

 「晴眼者」とは、目が見える人のことである。「晴眼者」は「健常者」の意味ではない。車いすを使用している肢体障害者であっても目が見えているならば「晴眼者」である。しかし、視覚障害当事者が「晴眼者」と言ったときには「健常者」の意味で使っていることが一般的である。

2.三療業への晴眼者の進出

 「あん摩」や「はり」の仕事は、視力が全くなくても問題なくすることができるので、前近代から盲人の主要な仕事であった。しかし、それは、盲人だけに許された特権的な仕事ではなく、晴眼者の中にはその仕事をする者もいたし、現在もいる。
 帝国議会の議事録には、ときどき三療業に従事している人の状況について議論している様子が掲載されている。そこでの議論の内容は、概ね2点に集中しているといえる。
 一つは、晴眼者があん摩業に進出しており、盲人の生活を脅かしている状況が見受けられるとの指摘。
 他の一つは、あん摩業を盲人の専業にしてはどうかという議員からの提案。
 前者の指摘は今から1世紀ほど前からなされている。当時の帝国議会議事録によると、あん摩業に携わっている盲人の数に比べると、晴眼者の数は2倍ほどになっているとの指摘がなされている。つまり、あん摩業に携わっている盲人と晴眼者との割合が1対2ほどになっており、その差は年々広がり、晴眼者が盲人の生活を圧迫しているとのことである。

 このような状況を踏まえて、盲人の生活を保護するために後者のような提案、すなわち、あん摩業を盲人の専業にしてはどうかとの提案が議会でなされたのである。単に議員による提案だけではなく、盲人団体はあん摩専業を求める国会請願の運動も行っていた。
 これらの状況に対して政府は、帝国憲法第22条で規定している「職業選択の自由」を楯にして、盲人のあん摩専業を認めようとはせず、晴眼者のあん摩業への進出を食い止める有効な手立てを積極的に講じようともしなかった。

 以上のような状況は、近代社会になって初めて現れたわけではない。前近代の江戸時代においても、あん摩業に対する晴眼者の進出は止まるところがなかった。
 現に、盲人の業者である杉山流あん摩業と、晴眼者の業者である吉田流あん摩業との争いは絶えず、江戸の南町奉行所での裁判にまでなっている。そして、盲人あん摩業が敗訴している判決もある、との盲人史研究の書物がある。それによると、その判決は、盲人のあん摩業は主として家の中で仕事をしており、晴眼者のあん摩業は町なかを流して仕事をしているのであるから、仕事をしている場所が異なっているため晴眼者が盲人の生活を脅かしているとはいえないとの内容である。この南町奉行所の判決内容が、当時の盲人と晴眼者のあん摩業の実態を反映したものであるかどうかは、更なる実証研究が必要である。

 前述したように、近代ではあん摩業に対する晴眼者の進出は年を追うごとに激しくなっているだけではなく、江戸時代のように仕事をする場所が異なっているような状況もないのであるから、あん摩業を営む盲人にとって晴眼者の進出は脅威そのものであることは否定しようがない。

3.あはき法19条裁判

 戦後になると、晴眼者の三療業はいっそう増加していった。それは、健常者を対象にしたあはき師の養成学校が増えていくからである。あマ指師の養成学校の数と定員について、2022(令和4)年2月22日付の『点字毎日』は、「健常者の養成学校は10都府県に合計21施設あり、1学年の定員も約1240人」と報じている。換言すれば、養成学校には入学したものの途中で退学したり、休学したりした者を除いたとしても、単純に計算して毎年1千人前後のあマ指師を目指す健常者の卒業生が誕生することになる。ちなみに、2021(令和3)年に実施された第29回のあマ指師取得のための国家試験の受験者数は、「東洋療法研修試験財団」の発表によると、晴眼者(新卒者)878人に対して、視覚障害者(新卒者)は241人である。この数値だけからでも判るように、晴眼者の受験者数は視覚障害者のそれの3.6倍以上である。

 このように、あマ指師を目指す視覚障害者の受験者数に比べて、晴眼者の受験者数は甚だしく多い。これらの受験者のすべてが試験に合格するわけではないが、晴眼者のあマ指師が視覚障害者のそれよりもはるかに多くなることは否定し得ない。

 前記『点字毎日』に掲載されたあマ指師の就業者数は、2020(令和2)年の総数118,103人であり、そのうち晴眼者は91,596人で、視覚障害者は26,507人である。

 この数値は一例であり、晴眼者(健常者)のあマ指師は年々増加している。晴眼者のあマ指師が増加している状況にもかかわらず、晴眼者のあマ指師を養成する学校の新設を求める申請が厚生労働省に出された。これに対して厚生労働省は、あはき法第19条を根拠にして新設を認定(許可)しなかった。

 この非認定(不許可)処分に対して、新設を求めていた養成学校側は、非認定処分の取消しを求めて、仙台・東京・大阪の3地方裁判所に2016(平成28)年7月15日に同時に提訴した。これが、いわゆる「あはき法19条裁判」とよばれているものである。

4.19条は合憲

 視覚障害者団体や関係者は、視覚障害者の生活や権利を守るためにさまざまな運動を展開してきた。その運動の一つとして三療業を守ろうとする動きも当然にあった。その典型的なものが、「無資格(無免許)マッサージ」取締まりの強化を関係機関に求めることや、晴眼者の三療業の増加を制限するあはき法の規定を守ろうとして、いわゆる「あはき法19条裁判」に関して、原告に対し棄却判決を下すことを裁判所に求めること等の運動である。

あはきに関する法律は、1947(昭和22)年に「あん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法」として制定された。そして、その後に2度の法律名の改正があり、1970(昭和45)年に現在の法律名である「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」となった。
 1964(昭和39)年に同法の第19条を改正し、健常者のあはき師養成学校新設の制限や、あマ指師の定員増の制限をすることができるとした。

 非認定処分の取消しを求めるいわゆる「あはき法19条裁判」では、このあはき法第19条の規定が、現憲法第22条第1項で定めている「職業選択の自由」に違反しているかどうかが争われた。

 いわゆる「あはき法19条裁判」の地裁判決はいずれも合憲とされ、原告である養成学校側の敗訴となった。控訴審でも同様であり、上告審すなわち最高裁判決が2022(令和4)年2月7日に言い渡され、あはき法第19条の規定は合憲とされ、養成学校側の敗訴が確定した。

 『点字毎日』(2022年2月22日付)に掲載された最高裁判決の骨子を要約すると次のようなものである。

(1)あはき法第19条の規定は、晴眼者を対象にしたあはきの養成学校の設置や、定員増について制限するために許可性とすることを定めたものである。
(2)この(1)の規定は、直接的には養成学校設置者の職業の自由を制限し、間接的にはあマ指師を業としようとする晴眼者の職業の自由を制限するものといえる。
(3)この(1)の規定は、経済的弱者の立場にある視覚障害者を保護するという目的のために、視覚障害者の職域を確保すべく晴眼者の職業の自由を制限するものである。
(4)視覚障害者は従事し得る職業が限られており、就業率も高くない。あマ指師は視覚障害者に適する職種としてその多くが以前から就いていた。その視覚障害者に適する職業に就く機会を保障することは、自立および社会経済活動への参加を促進するという積極的意義を有するといえること等も考慮すれば、視覚障害者の保護という重要な公共の利益のために、晴眼者のあマ指師の増加を抑制することをもって不合理とすることはできない。
(5)この(1)の規定は、晴眼者のための養成学校の設置や定員の増加を全面的に禁止するものではない。
(6)この(1)の規定は、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であって、立法府の判断が政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し著しく不合理であることが明白であるということはできない。(7)よって、(1)の規定すなわちあはき法第19条の規定は、憲法第22条第1項「職業選択の自由」に違反しない。

  この判決の精神は、職業選択の自由と、(3)のどちらが重いかというところにある。つまり、晴眼者の職業の自由を保障することと、晴眼者の職業の自由を制限して視覚障害者の保護という重要な公共の利益等を天秤にかけたとき、晴眼者のあマ指師の増加を抑制することをもって不合理とすることはできない、すなわち、あはき法第19条の規定は憲法第22条第1項に違反しているとはいえないとしたのである。

  以上の判決の要約からも判るように、憲法第22条第1項の「職業選択の自由」は、「誰でも、いかなる職業であっても、いつでも自由に就くことができる」ということを保障したものではないことを明らかにしたものともいえる。

  視覚障害者の職業的保護のために、あはき法第19条で三療業(あはき業)における晴眼者の増加を制限する政策を合憲としたこの最高裁判決は、視覚障害者および視覚障害者団体から歓迎されたことは改めていうまでもないだろう。しかし、手放しに喜んでばかりいていいのだろうか。

5.手放しに喜んでいていいのか!

 最高裁判決は、視覚障害者の生活状況が低収入であることを踏まえてのものであり、およそ60年前のあはき法第19条の改正当時の視覚障害者の低収入の生活状況が、現在に至っても低収入状態から大きく抜け出せていないことを明らかにしたものでもある。換言すれば、この半世紀以上の間に、日本社会の経済は急激な発展を遂げ、それに従って人々の生活状態は上昇したにもかかわらず、視覚障害者の生活は旧態依然たる状況のままだということである。

 このように、半世紀以上にわたって、三療業を営む視覚障害者の生活状況が変わっていないことを「看過して」おいて、あるいは、改善を求める運動はしてきているものの大きく変化させるような状況にまでは至っていないことを「見逃して」おいて、裁判に勝利したからと有頂天になっていて、果たしていいのだろうか。
 現在では、最高裁判決で示されたように、視覚障害者に対する職業的保護政策が一定なされているとはいえ、決して充分な状況とはいい難い。

 三療業の調査は厚生労働省によって2年に1回なされている。2020(令和2)年のあマ指師の就業者の調査結果は2年前に比べて就業者数が減少しているが、2年前の「数字を下回るのは1998年以来22年ぶり」(『点字毎日』2022年2月15日付)であり、これを除くと、晴眼者数は2年間に多いときでおよそ3500人も増加しているのに対し、視覚障害者数は2年間に多いときでおよそ350人ほどが増加しているに過ぎない。その差は10倍もの開きがある。比率にしても、視覚障害者1に対して晴眼者はおよそ4という状況である。帝国議会で問題になっていた状況の1対2に比べると格段の開きになっている。
 ちなみに、はり師の晴眼者の就業者数の増加は甚だしいものがある。統計表は省略するが、はり師の晴眼者数は2年間に多いときでおよそ7600人もが増加しているのに対し、視覚障害者数は2年間に多いときでおよそ280人が増加しているに過ぎない状況である。晴眼者数の著しい増加に比べて、視覚障害者数の増加は甚だしく微増である。比率にしても視覚障害者1に対して晴眼者はおよそ6ないし7以上という状況である。

 視覚障害者のうち最も多くの者の仕事となっている三療業は、あはき法第19条によって保護されているとはいえ、晴眼者(健常者)によって大きく浸食されてきている。この状況がいっそう進むことは火を見るよりも明らかである。あはき法第19条が今後も存続したとしても、晴眼者による浸食状況を止めることは困難であるのは疑う余地はない。
 このことだけをとってみても、最高裁判決の勝利に酔いしれているわけにはいかないはずである。
 仮に、今後もあはき法第19条を守り続けるということは、視覚障害者の低収入状況が変わらないことを意味することになる。逆にいえば、三療業を営む視覚障害者の収入が低収入といえない状況にまで増加すれば、あはき法第19条は改正されざるを得なくなる。あはき法第19条を守り続けるのか、視覚障害者の収入を増加させるのかのどちらに重きを置いた運動が展開されるべきなのかを考える必要がある。いうまでもないことだが、両立すればいいのだが。 

 一方、三療業以外の職種いわゆる新職業の開拓は進んでいるとはいえ、それは蝸牛の歩みに等しい。たとえば、1991(平成3)年から国家公務員試験の点字受験が実施され、新職業が開拓されたが、1996(平成8)年に1人の合格者を出しただけで、その後は誰も合格していない。電話交換手は視覚障害者の適職とされていたが、自動交換機の導入によって、視覚障害者の電話交換手の職業は狭まり続けている。これらの状況は、いわゆる新職業に概ね共通するといっても過言ではない状況である。最高裁判決においても、三療業以外の職業に携わる視覚障害者の就業率は低いと指摘されていることからも容易に知れよう。

 以上述べてきたことからして、視覚障害者の職業問題について、幅広い見地から検討するための動きが求められる。

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