Artist File Vol.005

メーンストリームの芸術に刺激を

服部 正[兵庫県立美術館学芸員]

プロフィール

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枠に収まりきらない面白さを持つアウトサイダー・アート

兵庫県立美術館の学芸員として活躍されるかたわら、正規の美術教育を何らかの理由で受けることができなかった人たちによる「アウトサイダー・アート」の専門家として、展覧会のキュレーター、執筆をはじめとする活動を行っている服部正さん。 日本ではまだ注目度が低かった時代に、服部さんが出会った「アウトサイダー・アート」。その魅力やこれまでの活動の軌跡、今後の展望についてのお話を聞かせていただきました。

アウトサイダー・アートとの衝撃的な出会い

スイスのローザンヌに、アウトサイダー・アートを専門に収集・展示している「アール・ブリュット美術館」というのがありまして、そこへ大学2回生の時に行ったのが、アウトサイダー・アートとの初めての出会いでした。

高校の頃からわりと美術全般は好きで、さまざまな展覧会を見たりしていたんですが、海外での美術鑑賞は初めてでした。ルーブル美術館やオルセー美術館に行ったりして喜んでたんですけど、知り合いにスイスのローザンヌに、アール・ブリュット美術館というすごい面白い美術館があるよと紹介されて、何の予備知識もなく行ったんです。いざ行ってみて、「なんだここは?」と…。それまで自分が知っていた美術の世界とはまったく別の世界があることにすごく驚いてしまって。

今まで見てきたものととにかく違う感じがしたんですね。まぁ、その時は言葉で説明できなかったんですけど、生々しさみたいなものをすごく感じたんです。自分が知りうる美術史のどの流派や主義にも属さない、人間の本質的な部分がもろに表れたアートを目の当たりにして、大きな衝撃が走りました。

その旅行でこれまで見てきた、ピカソをはじめ、モダンアートの巨匠たちの作品がなんとなく色あせて見えてしまうような…。美術教育を受けられなかった人たちによるアウトサイダー・アートの、型にはまらないその斬新な作品と比べれば、今まで見てきた巨匠たちの作品がお行儀のいいものにすら感じられたんです。

十年以上前の日本では、存在すら知られていなかった芸術分野

当時の日本でも、アウトサイダー・アートを知っている方はたくさんおられたみたいなんですが、公式の学問であったりとか、公式の美術館で注目されるところにまでには至っていなかったようです。認知され始めたのは、ここ十年ぐらいのことだと思いますね。

私が初めてアウトサイダー・アートと出会った「アール・ブリュット美術館」の作品は、元々フランス人のモダンアートの画家、ジャン・デビュッフェが一人で集めたものなんですが、まずは彼を研究するところから始めたんです。で、時代とともにだんだんアウトサイダー・アートが日本でも認知されてきて、勉強しやすい環境になったこともあり、アウトサイダー・アートそのものを研究するようになっていったんです。

障がい者の作品という概念にとらわれずに見てほしい

学芸員になる前後、日本の美術館に勤めるのだから、日本のアウトサイダー・アートのことを知りたいなぁと思うようになりまして。日本の障がい者の方によるアートは、どういう風に始まったんだろうと関心を持ち始めました。調べていくうちに、日本にも素晴らしいアウトサイダー・アートの作品が数多くあることを知り、現代美術の一貫の中で、日本のアウトサイダー・アートを取り上げていきたいと思ったところから今に至ります。

一番最初に取り上げたのは96年。すごく小さな企画だったんですが、盲学校の生徒さんが創った作品を展示しました。その後、98年には関西在住で障がいのある作家さんたちの作品、250点ぐらい集めた、比較的大きな規模の展覧会を企画しました。

当初の反応としては、「障がいのある人でもこんなことができるんだ」とか、「障がいを乗り越えてよく頑張ってますね」とか、そういうのがほとんどだったんですけど、最近だいぶ変わってきましたね。ここ5年ぐらいで、作品そのものの面白さや魅力に、一般の方にも興味をもってもらえるようになってきた気がします。障がい者の作家が創ったということを知らずに見た若い方々が、「この作品かっこいいよね」といった風に、作品が純粋な気持ちで受け入れられることも多くなってきました。

表現がとにかくストレート。戦略性のなさが魅力

障がい者の方、特に自閉症の方なんかは、発想の範囲が広いわけではなくて、自分のこだわりの中でしか描けなかったりするんですけど、そのぶんすごくストレートなんです。衒いがないというか。

基本的に芸術家の方々は、観客を意識しておられるんですね。作品がどう見えるか、どう見られるか、あるいは会場にセッティングした時に、どう空間と響き合うかとか…。作品ができた後のプレゼンテーションのことまで考えておられる方が多いんですけど、障がい者の方の場合、そこはほとんど興味がないんですね。とにかく作りたいから作ってるんです。「描いて楽しくて何が悪いの?」みたいな、そういう点が面白いと思いますね。

地道に勉強を重ねる、次世代の研究者が育つことに期待

私一人でできることは小さいですから、今後はアウトサイダー・アートに興味を持たれた方には、もう一歩踏み込んだところまで勉強していただき、アウトサイダー・アートの本質的な魅力を知ってもらえると嬉しいです。
障がい者の福祉施設で面白い作品を見つけて、展覧会を開催したというのはわかりやすい成果なんですが、それだけではなく、例えば、海外のアウトサイダー・アートがどのように展開してきたかを学ぶであるとか、そういったことで作品の見方も随分変わってくると思います。審美眼で作品そのものを見極められる、次世代の研究者が育ってきてほしいなぁと思いますね。

今後は、美術に関わる側から同じような興味を共有できる、全国いくつかの美術館の学芸員の方と一緒に、アウトサイダー・アートをきっちり考えられる展覧会を、数年後にやれたらいいなと考えています。

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